8時だョ、全員集合!(ギルド攻城戦雑感)

 思い起こせば、港の攻め同盟に便乗してValkylie Realms 5を占拠(しかもラスト5分で運良く)したのが全てのはじまりだったなあ。はじめは興味だけで参加して、奪ったからには全力で防衛して、砦の奪取になんか関係ないプレイヤさんにも知ってもらおうと必死で砦機能とかのレポートをやって(りべっちにもマスタールームのSSを送ってもらったりして)、あちこちの方々に協力してもらって知恵よりも人脈の防衛を3週間。もちろん協力してもらった中には日ごろお世話になっている港の方々や、ギルメンの知り合いの方々、特にねこうさ亭さんやPHさんやMnRさんには毎週お付き合いいただいて、おかげさまでほんの3週間ではあったけれど、砦を持つギルドとしての責任は果たせたのではないかなという気がする。

 で、それ以来うちのギルドも本格的にギルド攻城戦に参加するようになった。個人的な意図としては、ギルド全員じゃないと参加できないようなイベントで盛り上がれればいいかなとか、今度はPHさんにも砦を取ってもらって恩返しをしようとか、まあだいたいはそんなトコロ。ほかにも各員の意図は別々にあったけど、まあ一応みんなでわいわいと楽しめてるかなあと思う。だから俺個人の意図としては攻城戦の参加は成功してるかなと思う。

 かと言って負け続けであればむなしくなってきてしまうのも道理なわけで、しょせん20個しか席のない椅子取りゲームの中でいかに戦いを続けていくかっていうのは結構難しいことだと思う。特にうちみたいに、一流の戦力の前には風前の灯、逆に小規模戦力に対しては無類の強さを見せる、というような連合には重要な問題だったりする。一時期、うちのギルド内でも「もっと勝つための努力をしよう」という声が挙がってきて、そのために何をしたらいいのかとかそういう話をしたりすることが増えてきた。

 ウチのギルドはそれでもしばらくの間、攻城戦に対してはそれほど力を入れてはやっていなかったと思う。というよりもギルド全体の活動として、…「まったりギルド」とも言いがたい、集会もなければ溜まり場もないそれでも何故かみんなで盛り上がっているいわば「ぐうたらギルド」(?)の分際で、攻城戦に参加する同盟の一員としては、だんだんとウチのギルドがお荷物になってきてるんじゃないかなーと思うこともあった。それでもギルドのうちの一部でしっかりと作戦だとか運営に取り組んでくれる人がいたために、なんとか同盟の一員としてやってこれていたという気がする。一時期のOneTem-PH-S&M連合の時には、3つのギルドが力を入れる部分がバラバラになっていて、連合としてはそれなりの強さがあったけれど運営自体がかなりバランス悪かったなあとか、今更ながら思ったりもする。たとえばウチはギルド戦力の向上についてはほとんど無関心だったりした。作戦行動もしっかりしていなくて、いかにもの「烏合の衆」でどうにもならなかったと思う(個人レベルでいい動きする人も多かったが)。
 今でこそ集会も話し合いも力を入れて、それなりに攻城戦について取り組むギルドになってきたと思えるようになったけれども。(けどGv用の募集とかもしていないから、充実度としては相変わらず微妙なレベルかなとは思う)

 勝負ごとだから、最終的には勝ちと負けっていう結果が待っている。だからこそ勝負ごとっていうのは面白いものなのだけれど、じゃあ負けたほうには、ただ「負けた」っていう結果が残るだけなのだろうか。逆に、勝ったほうにもただ「勝った」っていう結果が残るだけなのだろうか。

 ところで話は飛ぶのだが、俺はプロ野球観るのが結構好きで、よく昼間なんかに流れてるスカパーの中継(CATVでやってるやつ。サイトのURLからおわかりのとおりウチはj-comでよくスカイスポーツとかの中継にお世話になってたりする)とかを眺めてたりして、パ・リーグの試合で盛り上がってたりする(Riveryは子供の頃からのパ・リーグファンである。まあどうでもいいが)。そのかわり、あんまりプロ野球ニュースとか観てなかったりする。次の日に会社で「昨日はやっと日ハム勝ったねえ」とか言われても、観てなかった試合なんかだと「え、ああ、そうだっけ」みたいな素っ頓狂な答えをしたりする。自分が把握しているのは自分が中継をたまたま見ていたカードだけだとかいうこともしょっちゅうだ。(苦笑)

 実は個人的には、チームが勝った負けたとかはそれほど重要には感じられなかったりする。じゃあ何が楽しみで野球を観ているのかといえば、たとえば逆転のピンチに野手がファインプレーでチームの危機を救っただとか、ピッチャーとバッターが気迫のこもった名勝負をしているだとか、初めてみたような若手の選手が小技の効いたプレーを披露したとか、そういうプレーの一つ一つを観ているのがとても楽しくて、盛り上がってたりする。だから本当は点差がついてもう結果の見えた試合とかでも、まだまだ見ていたいのに家族がとっとと別チャンネルに変えたがってがっかりするとかそういうことがよくあったりする。そりゃもう結果の見えた試合っていうのは、選手の活気がなくなって盛り上がらないっていうものもあるかもしれないけど、場合によってはそれで燃え続けてる選手もいるわけで、むしろそこでたまにめぐってきたチャンスを活かそうとする若手の選手とか、けっこう見所も多いものだ。試合が面白い限りは、その試合もまだまだ見る価値があるっていっていいんじゃないだろうか。

 プロ野球もギルド攻城戦も勝負ごとだから、最終的には結果が出てしまう。だけど結果が出るからといって、その過程っていうものには全く意味がなくなってしまうのだろうか。俺はそうは思っていなくて、負けた過程が面白いものであればそれは意味のある2時間だったと思えるし、逆に勝った過程が全く意味の見出せないものであればその2時間の意味は薄いのかなという気がする(その代わり、勝者にはそれなりの特権があるわけだからそこ(一週間の砦生活)で取り返せばいい)。

 まあおそらくこれは少数意見になるんじゃないかと思う。ただ、前にもそういう意見を出したけれど、同じ時間を過ごすなら楽しむ努力をしたほうが楽しめるんじゃないかなあ、ということ。

 ただ、そんなことを言っている俺も、さすがに勝利という結果が得られたほうが楽しいには違いないのである。で、勝つために作戦を練ってくれる人とか、同盟相手にその意見交換の橋渡しになってくれる人とか、掲示板用意してくれる人とか、交流会を企画してくれたりする人とかがいるわけで。少なくとも俺としては、そういうことをやってくれている人には感謝をして、敬意も払って、攻城戦を楽しむべきなんじゃないのかなと思っている。それはギルドの中だけじゃなくて同盟でそういうことやってくれてる人に対しても当然に同様のこと。ただ「今週の作戦こういうのかー」とかまるで天から降ってきたかのように扱うのと、「おお今週の作戦は○○さんの作か」と扱うのでは全然違う。それである程度は自分の意にそわないことも出てくるかもしれないけど、そこを協力してみるっていうのが本当の「ギルド」ないしは「仲間」ってものじゃないのかなあ。

 で、そういうのにみんな(ギルド内も同盟も、協力してくれる人も全部含めて)がまとまってやっていくっていうのは、それ自体がものすごく価値のある過程であって、だからこそ俺(あるいはうちら)はギルド攻城戦を続けているような気がする。もう一度、仲間が集まって作った「ギルド」というものを見つめなおして、そこで起こっていることを見つめなおしてみる、そういう必要がいつでもあるのかもしれない。そう思った今日この頃。